■本件
■使途
主文
1被告は,別紙請求一覧表「氏名」欄記載の各原告に対し,同表「請求金額」欄記載の各金額及びこれらに対するいずれも平成7年4月1日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。2原告らのその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はすべて被告の負担とする。
4この判決の第1項は仮に執行することができる。
但し,被告が各原告につき上記「請求金額」欄記載の金額の各8割に相当する担保を供するときは,それぞれ仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1被告は原告らに対し,別紙請求一覧表「請求金額」記載の金員及びこれに対する平成7年3月27日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。2訴訟費用は被告の負担とする。
3仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,A株式会社及び株式会社Bがその従業員である原告らを被共済者として被告との間に締結した特定退職金共済契約につき,両会社が原告らに無断で解約手続をしたとして,改めて被告に対し,解約手当金及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。1前提事実(争いのない事実以外は末尾に認定証拠を掲記した。)
(一)当事者
原告C,原告D,原告E,原告Fの4名は株式会社Bの,その余の原告らはA株式会社の各従業員であった。
A株式会社及び株式会社Bは被告との間で,原告らを被共済者とする特定退職金共済契約(以下「本件退職共済契約」という。)を締結していた。
なお,A株式会社及び株式会社Bは,平成7年5月15日に全従業員を解雇し,A株式会社は同年5月18日に福井地方裁判所に会社更生の申立てをしたが,結局,平成8年2月5日福井地方裁判所において,破産宣告を受けた。
株式会社Bは破産申立をしていないが,A株式会社が破産宣告を受けた頃,事実上,営業を廃止した。
(二)特定退職金共済契約(本件退職共済契約)
本件退職共済契約は,事業主(A株式会社及び株式会社B)と被告とが契約当事者として締結された退職金共済契約で,事業主(A株式会社及び株式会社B)が原告ら従業員を被共済者として毎月定額の掛金を被告に支払い,被共済者が退職した際には退職一時金等の給付金を,契約が解除された際には解約手当金を,いずれも被告が被共済者に対し直接支給する制度で,事業主に対し掛金が返還されることは予定されていない。
被告は,払い込まれた掛金を日本団体生命保険株式会社(以下「日本団体生命」という)に委託して運用していた。
本件退職共済契約が解除された場合は,日本団体生命から被告に対し解約手当金が支払われ,被告はこれを直接従業員(被共済者)に支払うこととなっていた。
(三)解約手当金の支払
A株式会社及び株式会社Bは,平成7年3月18日,被告に対し本件退職共済契約の一括解除を申し入れた。
被告は,日本団体生命から支払われた本件退職共済契約の解約手当金総額6560万4491円を直接従業員(被共済者)に支払わず,平成7年3月27日,これをA株式会社の預金口座に一括して振り込んだ。
しかし,A株式会社はその解約手当金を原告らに支払わなかった。
原告らに支払われるべき解約手当金は,別紙請求一覧表記載のとおりである。
(四)原告らの追認
原告らは,本件訴状(平成12年6月23日被告送達)をもって,A株式会社及び株式会社Bがした本件退職共済契約解除の意思表示を追認した。
(五)相続
原告Gは平成8年6月9日死亡し,その権利義務は原告H,原告I,原告Jが相続により承継した(弁論の全趣旨)。
2原告らの主張
(一)本件退職共済契約において,事業主は払い込んだ掛金の返還を受けることはできず,中途で解除した際の解約手当金は直接従業員(被共済者)に支払われ,従業員が退職した際の退職一時金等の給付金も従業員に支払われることになっているから,本件退職共済契約は第三者のためにする契約である。
したがって,同契約が解除された場合は,原告ら従業員が被告に対して直接解約手当金支払請求権を取得する。
(二)被告への支払の効力
被告が解約手当金をA株式会社の預金口座に一括して支払ったのは,故意又は過失によるもので,有効な弁済とはいえない。すなわち,
本来事業主に支払われてはならない解約手当金を事業主の口座に一括して振り込ませることは,被告の協力なしには不可能である。
A株式会社の代表者Kは,十数年間被告の議員をしていたことがあり,被告の専務理事と親しい関係にあったから,解約手当金の一括支払は,Kと被告とが通謀してしたものと考えられる。
本件退職共済契約の解除に際しては,各従業員名義の「解約通知書兼解約手当金請求書・解約手当金申出書」(乙1ないし58,以下「解約申出書」と略称する。)が提出されたが,その筆跡は同一であり,受取口座欄には全て同一口座が記載されていた。
これに被告が気付かなかったはずはなく,これをもって債権者たる外観を有していたとはいえない。
また,解約手当金は必ず各従業員に直接支払うことを要するから,従業員以外の者に支払うときは,被告は,従業員の個別の意思確認若しくはそれと同等の厳格な手続をすべき注意義務がある。
しかるに,被告は,多数人の筆跡が同一であり,振込先が同一であることを見逃し,各従業員の意思確認等を怠ったまま,安易にA株式会社の預金口座に振り込んだものであるから,重大な過失がある。
被告は,L友の会会長作成の「協約書」(乙61)を労使協定書として信用したというが,単なる親睦団体には全従業員を代表する資格はないし,労働組合といえども,組合員の個別財産を多数決で処分する権限を有するものではないから,被告が「協約書」をもって全従業員の同意があったと信じたとすれば重大な過失である。
したがって,被告のした解約手当金の振込は有効な弁済には当たらない。
3被告の主張
(一)本件退職共済契約において,解約手当金の給付請求権が当然に被共済者に帰属する旨の規定はない。
解約手当金が被共済者に支払われるのは,「掛金として払い込まれた金額は,加入事業主に返還しないこと」(所得税施行令73条1項4号)と規定されているため,事業主の掛金が会計上損金扱いとされ,事業主が自らこれを取得することが許されないためであって,被共済者は事実上反射的に利益を受けているにすぎない。
したがって,本件退職共済契約は第三者のためにする契約ではない。
(二)債権の準占有者に対する弁済
原告らは,本件退職共済契約の解約手当金の請求を自ら行ったもので,その時点ですでに解除に同意している。
被告は,平成7年3月中旬頃,A株式会社から,子会社の株式会社Bも含めて従業員の退職金制度を見直すため本件退職共済契約を一時解除したいとの申出を受けたので,日本団体生命とも相談の上,被共済者全員の同意があればその申出を受け入れることとした。
同月18日,A株式会社及び株式会社Bから,被共済者の解除同意と振込先の指定された「解約申出書」が両社の要望書とともに提出され,さらに,同月23日,両社の全従業員をもって構成される親睦団体L友の会会長を社員代表とする協定書も提出された。
被告は,これらの提出により,両社と全従業員との間に,本件退職共済契約を解除し解約手当金を一時まとめておくことの合意が成立したものと了解し,同月27日,解約手当金を指定の預金口座に振り込んだ。
被告は,解約手当金支払の時点では,A株式会社がそれを会社の運営資金に流用する意図であったことは全く知らず,正当な振込先と信じて弁済したもので過失もなかったから,その弁済は民法478条により有効である。
(三)消滅時効
中小企業退職金共済法22条の2第1項には,退職金等(同法8条3項2号により解約手当金も含む。)の支給を受ける権利は5年間で時効消滅すると規定されている。
そうであれば,前提となる解除の意思表示の追認も5年間で時効消滅すると解すべきである。
原告らが本件において追認の意思表示をしたのは,解除の手続がされた平成7年3月18日から5年以上経過しているから,追認の効力は生じず,解約手当金請求権も時効消滅している。
(四)遅延損害金の起算日
仮に追認が有効としても,遅延損害金の起算日は平成7年3月18日に遡及しない。
本件訴状が被告に送達された日の翌日を遅延損害金の起算日とすべきである。
(五)労働福祉事業団からの給付金の控除
原告らには,A株式会社及び株式会社B倒産後,労働福祉事業団から退職金等が支給されているから,そのうち本件の解約手当金に相当する部分は控除すべきである。
これを控除しないのであれば,同部分は不当利得となるので,被告は,平成13年12月3日の本件第9回口頭弁論期日において,同不当利得返還請求権と本件の解約手当金請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をする。
4争点
(一)本件退職共済契約は第三者のためにする契約か。
(二) 被告がしたA株式会社への振込弁済は有効か。
(三)追認権の消滅時効の成否
(四) 労働福祉事業団からの給付金の控除の可否
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第3争点に対する判断
1争点1(本件退職共済契約は第三者のためにする契約か)について甲1,9によれば,本件退職共済契約は,被告が定めた「地区事業所特定退職金共済制度規約」(甲9)に従って運営されているところ,同規約には,「被共済者」は退職金共済契約により被告がその者の退職について退職一時金等を支給する者をいう(2条4項)と定められ,同契約の締結は事業主に限られる(3条1項)が,給付金は被共済者が退職したときにその者に退職一時金等が,死亡退職のときはその遺族に遺族一時金等が支給され(9条1項,10条1項),共済契約者が契約を解除するには被共済者の同意が必要であり(13条4項1号),契約が解除されたときは被共済者に解約手当金が支給される(14条1項)ことが定められている。そして,被告作成の「特定退職金共済のしおり」(甲1)にも,「いかなる場合にも事業主は給付金の受取人になることはできない」旨が明記されている。
そうすると,本件退職共済契約は,被共済者の受益の意思表示によって直接被共済者が解約手当金等の受給権を取得するものと解されるから,第三者のためにする契約と認めるのが相当である。
2争点2(A株式会社への弁済の効力)について
(一) A株式会社及び株式会社Bが,平成7年3月18日,被告に対し,本件退職共済契約を解除する旨の意思表示をしたことは争いがない。
上記規約13条4項1号によれば,共済契約者が同契約を解除するには,被共済者(原告ら)の同意が必要であるが,同意がないとしても,原告らは,本訴状において,A株式会社及び株式会社Bがした解除の意思表示を追認しているから,同契約は平成7年3月18日に遡って有効に解除されたことになり,原告らは,被告に対する本件退職共済契約に基づく解約手当金請求権を取得したものということができる。
(二) 次に,被告は,上記解約手当金をいずれもA株式会社の預金口座に振り込んだことは前提事実(三)のとおりであるので,その振込が原告らの指定によるものか否かにつき検討する。
(1) 本件退職共済契約の解除に際しては,解約手当金の支払先としてA株式会社の預金口座が記載された原告ら名義の「解約申出書」が被告に提出されている(乙1ないし58)。
同振込先の記載が原告らの指定によるものであれば,被告のした振込は有効となり,原告らは重ねて解約手当金の支払を請求する権利を有しないことになる。
(2)「解約申出書」の成立に関する原告らの主張は別紙「認否表」に記載のとおりである。すなわち,
自己の印鑑を自ら押印したというのは原告M,原告N,原告O,原告Pの4名(以下「甲グループ」という。),自己の印鑑であるが会社の担当者に渡して同担当者が押印したというのは原告Q他27名(以下「乙グループ」という。),自己の印鑑が押印されていないとするのが原告R他27名(以下「丙グループ」という。)である。
(3)ところで,証拠(甲11ないし13,証人Sの証言,原告O,原告T,原告U各本人尋問の結果)によれば,Sは,A株式会社の総務部に所属しK社長の秘書を務めるとともに株式会社Bの経理も担当していた者であるが,同社長の指示により,A株式会社の運転資金を調達するために本件退職共済契約を解除してその解約手当金を徴収する事務を担当し,そのために両社の全従業員から印鑑を集めて「解約申出書」を作成したこと,同女は,従業員への事情説明は会社の幹部がしていると考えて,格別事情を説明しないまま,平成7年3月18日に,多くは従業員から印鑑を預かって「解約申出書」の「受取人記入欄」に押印したこと,中には事情説明を求める従業員もいたが,大勢の従業員が同女の下に一時に集まっていたため,詳しい事情を説明しないまま,ともかく印鑑を預かることを優先し,同女に預けたくない者には自ら押印させたこと,そして,早急に全従業員から「解約申出書」に押印を受ける必要上,印鑑を所持しない者については同女が無断で印鑑を調達して押印したものもあったこと,その後,同女がその「受取人記入欄」に原告らの住所氏名を記入し,振込先にはすべてA株式会社の預金口座を記入して「解約申出書」を作成し,これを被告に一括提出したことが認められる。
これら認定の事実に照らすと,上記丙グループの原告らにつき,印鑑が同原告らのものではないとする主張を排斥する根拠はなく,その資料もないから,同原告ら名義の「解約申出書」が真正に成立したと認めるには足りない。
また,上記乙グループの原告らについても,印鑑を預けた者の一人である原告Tは,「本件退職共済契約があることは当時知らず,預け替えといわれて社内預金のことと思って,印鑑を預けた。」と供述しているのであって,同グループの原告らが本件退職共済契約解除の手続と知って了解の上印鑑を預けたとは必ずしも認め難く,ましてや,振込先をA株式会社の預金口座に指定することを承諾していたとまでは認めるに足りる証拠がない。
さらに,上記甲グループの原告らについても,自ら押印した者の一人である原告Oは,「Sから指示されるままに不動文字以外の白地の『解約申出書』に押印したが,当時本件退職共済契約が存在することも知らなかったので,振込先までは知らなかった。」旨を供述しているのであって,同グループの原告らも振込先を了解して押印したとは認められない。
(4)以上によれば,原告らが「解約申出書」において振込先を自ら指定していたとはいえず,A株式会社の預金口座に解約手当金を振り込んだことが原告らの指定によるものとは認められない。
(三) そこで,A株式会社の預金口座への振込が債権の準占有者に対する弁済として有効となるか否かを検討する。
(1)証拠(甲1,9,乙62,証人Vの証言)及び弁論の全趣旨によれば,(ア)従来の特定退職金共済契約においては,被共済者に支払われるべき給付金が事業主の預金口座に振り込まれるという実情もあったが,平成5年3月頃,監督官庁から被共済者に確実に支給されるよう運用改善の指導がなされたこと,(イ)それを受けて,日本団体生命でも,全国の商工会議所と協議の上,商工会議所名で各事業主宛に今後は被共済者に直接支給するよう書面で通知を発したこと,(ウ)被告も,上記規約で給付金を支給するのは被共済者宛であることを定め,上記「特定退職金共済のしおり」で「いかなる場合にも事業主は給付金の受取人になることはできない」旨を明記して,上記指導を遵守した運用を心掛けていたことが認められる。
(2) しかるに,証拠(乙1ないし58,証人Sの証言)によれば,本件退職共済契約の解除においては,「解約申出書」に記載された筆跡は同一で,振込先もすべて同一の預金口座であった上,一括解除の申出であったから,被告としては,上記規約及び指導に則り,「解約申出書」の署名押印は被共済者の意思に基づくものか否か,振込先の指定は被共済者の意思によりなされているか否かを各被共済者について個別に調査確認すべき義務があったというべきである。
本件退職共済契約の解除においては,「解約申出書」の他に,A株式会社及び株式会社Bから解約手当金を両社へ振り込むよう求める「要望書」(乙59,60),A株式会社の代表取締役と社員代表のL友の会会長とが連名で作成した「協約書」(乙61)が被告に提出されている。
しかし,事業主から解約手当金を事業主宛に振り込むよう要望があっても,これに応じてはならないことは上記規約と「特定退職金共済のしおり」に明記されているとおりである。
しかも,甲7によれば,L友の会は,A株式会社の従業員の親睦団体であって社員代表としての性格を有する団体ではないから,その会が事業主と協定を結んだとしても,労使協定のような効果を有するものではなく,まして,各従業員の個別の意思を超えて解約手当金の受給権を奪うような協定を結ぶ権限を有しているとは認め難い。
そうであれば,これらの文書の提出によっても,解約手当金の振込先を事業主とする効果が発生する理由はなく,これらを根拠に免責を主張することはできない。
そして,被告において,それ以上に原告ら各従業員(被共済者)の意思確認を行った形跡はないし,その主張もない。
してみると,被告が「解約申出書」の記載を信頼してA株式会社の預金口座に解約手当金を振り込んだことには過失があったといわざるを得ない。
したがって,被告は,その振込によっては債権の準占有者への弁済として免責を受けることはできない。
原告らは,なお被告に対し,本件退職共済契約の解約手当金を請求する権利を有するものと認めるのが相当である。
3争点3(追認権の消滅時効)について
被告は,退職金の受給権が5年間で時効消滅することを根拠に,追認権も5年間で時効消滅すると主張する。
しかし,退職金の受給権が時効消滅するのは,権利が発生してそれを行使できる状態となってから5年間経過することを要件とするものである。
本件退職共済契約の解除は,被共済者の同意がない限り,事業主のみで意思表示をしてもその効力は生じないから,解約手当金請求権は発生せず,それを行使できる状態にはならないことが明らかである。
したがって,被告の主張は前提を誤ったもので採用できない。
4争点4(労働福祉事業団からの給付金控除)について
被告は,労働福祉事業団から原告らに対し退職金等が支給されているので,これを本件の解約手当金から控除すべきであると主張する。
しかし,原告らが本件において請求しているのは,本件退職共済契約という契約関係に基づく給付金(解約手当金)であるから,同一事由に基づき他から給付金を受けたからといって,契約上の解約手当金が消滅するいわれはない。
被告の主張は採用できない。
5以上の次第で,原告らの本訴請求は理由があるので認容すべきところ,「解約申出書」(乙1ないし58)によれば,本件退職共済契約の解約日は平成7年3月31日であるから,遅滞に陥るのは同年4月1日からと認められる。
したがって,遅延損害金は同日から起算すべきであり,原告らの附帯請求の一部を棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
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